1、『天然は死んでも治らない』

 

 

 

 

目がさめる。

目覚めは最悪だった。

 

すがすがしいはずの朝日さえうっとおしい。

目にとまったのは机の上の写真。

 

俺《瀬川 琢己》(せがわ たくみ)

は人生最悪の朝をむかえた。

 

見たくないのに目に入るのは、机の上の写真。

俺と一人の少女が写っている。

 

彼女《夏目 綾》(なつめ あや)は、俺の幼なじみだ。

 

小さいころから隣にすんでいて、

友達以上恋人未満の関係を長年続けてきた。

なんとも言えない距離を保ってきた俺達だったが、

先週の日曜に告白して、

ついに恋人同士になった。

 

 

……………………………

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

着替えをすまして、階段を降りる。

ふと、味噌汁の匂いがする。

 

俺の家族は姉と兄の二人だけだ。

両親は小さいころ事故で死んでしまった。

高校に入るまでは二人ともいたが、

姉は結婚して、兄は社会人になったので

出ていってしまった。

 

おかげで独りぼっちになってしまったのだが、

綾がよく飯を作りに来てくれたので

不思議とさびしくなかった………。

 

 

だがこれからは、それもかなわない。

 

 

「紅茶はどうするの、琢己ちゃん」

「ん、今日はストレートで」

「はぁい、ちょっと待ってね」

いつもこんな風に綾は紅茶を入れてくれた。

彼女は紅茶派の俺のために

わざわざ紅茶専門店に行ってくれていた。

 

そのおかげで家には

さまざまな種類の良い紅茶がそろっている。

遠くまで行ってくれたこともあるそうだ。

そんな健気な綾に俺は何もしてやれなかった。

 

カチャ。

 

目の前に白いティ―カップが置かれる。

デートのときに買ったおそろいのカップだ。

 

コポコポコポ………。

 

カップに紅茶が注がれる。

 

「はい、どうぞ」

 

ごくん、とそれを飲む。

適度に冷まされたお湯に、暖められたカップ。

濃くも薄くもないちょうど良いいれ加減。

うまい。その一言に限る。

 

俺は綾以外にこれほどうまい紅茶を

入れられるやつを知らない。

 

ピタッッ!!

 

もう一口飲もうとして、腕が止まる。

この味は綾しか出せない。

しかし綾は………………。

 

 

「どうしました?

おいしくなかったんですか?」

「いや、そんなことないよ。

いつも通り良い味だよ。」

 

そう言うと、

 

「よかったです」

 

と言って笑った。

俺も綾に向かって笑いかけようとして、

そこで思考が止まる。

綾に向かって………。

 

 

もう一度考える。

綾に………。

 

 

「……………!」

 

 

ドガッッッッ!

あまりの驚きのため声も出ず、

椅子ごとひっくり返る。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

綾が駆け寄ってくる。

だ、だが彼女は…………。

 

 

 

 

綾は死んだんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっぱりわけがわからない!!

先週俺は綾の葬式に出た。

それは確かなはずだ。

 

「なのに、なんでここに綾がいるんだぁぁぁぁぁ!?」

 

あまりにも混乱して俺は叫んでしまった。

 

「あう………、綾ここにいちゃだめですか………?」

 

もう綾の目には涙がたまっている。今にもこぼれ落ちそうだ。

ちなみに俺はこれに弱い。

もう即座に

 

「いやそんなことないぞ!いてくれて嬉しいよ」

 

などと言ってしまう。

我ながら甘い。

いや綾のあの 涙目攻撃が最強なだけだ。

俺は甘くないはず…………

 

たぶん。

 

「よかったです。琢己ちゃんに嫌われたかと思っちゃった」

 

綾は俺の言葉を聞いた途端に笑顔になっている。

 

………前々から思っていたんだがあの溢れんばかりにあった涙はいったいどこに?

吸い込んでいるんだろうか?

いや、蒸発っていう手も………。

 

 

は、いかん。

こんな平凡なこと考えている場合じゃない。

(平凡じゃないと思うが。)

 

「綾、確か君は死んだはずだけど………」

「はい、そうみたいですね」

 

こくんとうなずく綾。

 

「じゃあ,何でここにいるの?」

「さぁ、何ででしょう???」

 

今度は困り顔なって、首をかしげる。

 

 

 

「……………………………」

 

 

 

ぜんぜん原因がわからない…………………。

 

 

 

 

 

「とりあえずどうしてここにいたの?」

 

俺はちゃんとした答えが返ってこないと

わかっていたが、とりあえず聞いてみた。

 

「えっと、なんか気がついたら

琢己ちゃんの家の台所にいたんです」

 

―――予想どおりである。

 

「で、そろそろ琢己ちゃんが

おきる時間だったからお料理してたんです」

 

――――同じく予想どおり。

 

これでは何にもヒントすらない。

綾が死んだことは確かなはずだから………。

 

綾が幽霊!!………怖くも何ともないな。

だけど綾は、包丁や食器をもてる。

普通幽霊は物を持てないのでは………。

などとあれこれ考えていたところ、

 

「ああ!!!大切なこと忘れてましたぁぁ!!」

「な、なんだ。」

 

おお,これは重大なヒントが期待できるか!!

 

「お魚焼きっぱなしです!!!!」

 

どががががががががぁぁぁぁぁぁ!!!!

またもや俺は盛大にこけてしまった…………。

 

 

 

 

 

「いただきます〜」

「いただきます………」

 

今日の瀬川家の朝食は、

鯵のひもの(こげバージョン)に昆布の味噌汁!!!

そして光り輝く白米!!

米は厳選された新潟産コシヒカリを………ってなに俺は

解説してんだ!!

 

しかし―――。

本当なら二度と迎えられるはずのない朝。

なんか悪くない。

綾がいる理由なんかどうでも良いかも。

 

「どうしたんですか?」

 

綾が俺の顔をのぞきこむ。

カァァァァァァ!!

顔が赤くなるのがわかった。

 

「い、いや。死んでまで朝飯作ってくれるなんて、

俺は幸せものだなぁなんて思って…………」

「当たり前だよ、琢己ちゃんのためだもん」

 

カァァァァァァ!!!!!!!!

また顔が赤くなったな………。

 

綾はこういうセリフを恥かしげなく言う。

ほんとに一途で愛されている側としてはうれしい。

ちょっと天然入ってるけど…………。

 

 

「そういやさっきから気になってたんだがそれなんだ?」

 

俺は朝食を食べ終えてから綾に訊いてみた。

綾の周りをふわふわ浮いている金色の球体を抱きしめた。

 

「玉ちゃんのこと?」

 

綾はその金色の球体を俺の目の前に持ってきて言った。

 

「玉ちゃん?な、名前があるのか?」

 

そういえば前から綾は物に名前をつける癖があった。

綾の部屋にある人形の一つ一つに名前がつけてあったのには

呆れるというより関心すらした。

ちなみに綾の部屋には推定数百個の人形がある………(これでも軽く見てである)

 

「うん、ボールみたいだから玉ちゃんだよっ」

 

玉ちゃんにほお擦りする綾は全く持って本気らしい。

綾のネーミングセンスの素晴らしさを改めて感じた

不思議な玉は綾が抱きついているにも関わらず浮いたままだ。

 

「不思議な玉だなぁ?何か綾の幽霊になった原因に関係あるのか?」

「ふぅえ?玉ちゃんが私を幽霊にしたんですか?」

「んー、原因の一旦かもなぁってことだよ」

 

俺はそう言ったが綾は聞いていないらしくて

「玉ちゃんありがとう〜」などと言いながら玉ちゃんにチュとキスをした。

その時、一瞬『この腐れ玉ぁぁ!ぶち殺す!!』と思ったのは

内緒にしておく。

 

「あ、琢己ちゃんにもする?」

「な、お、俺はいい!!」

 

綾が俺の殺気を感じ取ったのか、こっちを向いてそんなことを訊いてきた。

俺は恥かしくて咄嗟に否定の言葉を口にしてしまった。

 

ああ………俺の馬鹿。

 

「そっか、じゃあ玉ちゃんにもう一回してあげる〜」

 

その時、俺が玉ちゃんを叩き潰す一歩手前だったのは言うまでも無い。