2、『常識人登場、変人も登場』

 

 

 

 

ピンポーン!

 

おろ、玄関のチャイムが鳴ってる。

お客さんか?こんな朝早くから誰だろう?

 

「あ、私出ますよー」

「あ、悪い。頼む」

「はーい」

 

元気良く玄関に歩いていく綾。ふわふわと玉ちゃんもそれに続いて浮いていく。

俺はおかわりした紅茶をズズーと飲んだ後、

 

「ぶぅー!!」

 

と噴出した。

 

「綾死んだことになってるんだから駄目じゃん!!」

 

カールルイスすら追い抜くようなロケットダッシュをする!

廊下を二秒で駆け抜ける(新記録!)

焦げ臭くなるほどの摩擦がブレーキで起こり、俺は玄関にたどりついた。

 

「…………遅かったか」

 

玄関にいたのは俺のクラスメイト、

新谷信也《にいたにしんや》と今井霞《いまいかすみ》だった。


 信也は俺と幼稚園からの腐れ縁で親友だ。綾に告白するときには散々世話になった。

今井は綾の親友だ。超天然の綾と沈着冷静な今井がどう知り合ったのかは謎だが二人はかなり信じあっている。

 

綾の葬式の時には今井は泣いていた………。

二人と俺と綾を含めてよく遊んだ中だ。そして一緒に悲しんだ。

だからこんな状況は予測していなかっただろう。

というか予測など出来ないと思うが………。

 

「「………………」」

 

二人とも呆然としている。まぁ、あたりまえだと思うが………。

 

「ねぇ、新谷君?私。綾がそこに居るように思えるのだけど?」

「奇遇だな、俺もそこに夏目の姿が見える」

 

どうやら二人とも完璧に綾の姿が見えてるらしい。

 

「霞ちゃん、新谷君、おはよ〜」

 

やはり今回も当事者が一番のんきだった。

 

「綾ぁぁぁぁぁ!?」

「夏目ぇぇぇっ!?」

 

驚愕の声が朝の我が家に響いた。

 

 

 

「説明して欲しいわね、なんで綾が生きているの?」

「俺も訊きたいね。俺は今夢をみているようにしか思えないぜ」

 

あの後、茫然自失とした二人をとりあえず我が家の台所のテーブルの椅子に座らせた。

二人は綾が入れてくれたお茶を飲み干すとあたりまえのことを訊いてきた。

 

「俺の方が知りたい………。朝起きたら綾がいたんだ」

 

俺は汗ジトになりながら隣の綾を見る。

ほえぇ?と俺を見るその姿はやっぱりかわいい………じゃなくて呆けている。

いかん、やはり綾相手だと調子が狂う。

 

「綾は確かに死んだはずよね?なのになんでここに居るのかしら?」

「そうだよなぁ、死んだ人間がここに居るってのはおかしいもんなぁ」

 

ん、なんだか似たような台詞を俺も言った記憶が………。

ついさっきだったっけ?

あの時の綾の反応は………。

隣の綾を見てみる。

あ、やっぱり………。

 

「ふぇ、霞ちゃんも新谷君も私が居たら嫌なの………?」

 

出た、最終兵器涙目攻撃!

目標、今井、信也。発射!

 

「う………そ、そんな分けないでしょ!」

「そ、そうだぜ!そんなことないぞ!」

 

直撃!目標撃沈!

 

………やっぱ綾に甘いのは俺だけじゃないよな。

恐るべし、綾………。

 

 

 

「あ、もうそろそろ時間だ」

 

時計は今、八時十分。

学校に着くのに丁度良い時間だ。

 

「それじゃあ、そろそろ行きましょうか?」

「そうだな、遅刻するのも嫌だしな」

「遅刻しちゃうと先生が怖いですぅ」

 

ちなみにうちのクラスの担任、佐藤先生はとてつもない先生である。

めがねをかけておっとりとした外見とは裏腹に、昔外国で傭兵をやっていたという噂だ。

その時のあだ名が『ビーストシュガ―』

つまり、獣の佐藤だそうだ。

佐藤と砂糖が間違っているのが気になるが…………。

 

ある事件があった前は笑い話だったがその後笑える奴は誰もいなくなった。

おそらく、世界最強の先生だ。

今や佐藤先生を怒らせるということは死刑宣告に近い。

よって俺たちのクラスは全員無欠席無遅刻と言う快挙を達成している。

 

「早く行きましょう。遅刻なんかしたら命に関わるわ」

「そうだな、行くか」

「はーい」

 

みんなは玄関まで行って外に出ようとして

 

「「「待てぇい」」」

 

俺たち三人の声が重なる。

 

「あぅ?どうしたのみんな?」

 

外に出ようとした綾を、俺、今井、信也がその腕を掴む。

 

「綾は学校いっちゃだめでしょう?」

「え?なんで?」

 

今井は頭を抱える。俺も全く持って同感だ。

 

「あなた、死んだことになってるんだから学校行ったらパニックになるでしょう?」

「あう、そうでした。じゃあ綾はお留守番ですか?」

 

ジッと俺を見つめてくる。

ううっ、その視線が痛い。

だが心を鬼にして俺は言った。

 

「悪いが綾、学校終わるまで待っていてくれ」

「はいです………」

 

綾は目を伏せてしょんぼりする。

ぐはっ、俺は死にそうになる。

 

「ほらっ、そんな顔しないの。学校終わったらすぐに戻ってくるからね?」

 

今井が綾を抱きしめながら優しく語り掛けている。

 

「うん、早く帰ってきてね」

 

綾もそれに頷く。

うむぅ、流石は今井といったところか。

綾の扱い方を心得てる。

俺も見習わないとなぁ………。

 

 

 

「だけど………どうなってるのかしら?」

「さぁ、さっぱり解らん………」

 

登校の途中、今井がそんなことを呟く。

俺もそれに続く。

 

「なんだかドッキリかなにかにあった気分だ」

 

信也も同感らしい。口をヘの字にしている。

 

「綾は生きてたのかしら?死んでいなかったのかも………」

「いや………葬式の時、綾の頬に触れたがあの冷たさは本物だった」

 

いまでもこの手に残っている冷たさ―――できればもう二度と味わいたくない。

 

「だとすっと………夏目は幽霊ってわけだ。始めてみたぜ」

「私だって初めてよ、でも幽霊って感じじゃないわねぇ………」

「同感だなぁ、綾が幽霊でもちっとも怖くないからなぁ」

「なるほど、そりゃ言えてるわな」

 

はははと俺たちは笑った。

 

「まったくあの子は幽霊になっても世話が焼けるわ………」

 

今井の顔には言葉とは逆に嬉しそうな笑みが浮かんでいる。

なんだかんだ言いながら―――綾が存在することが嬉しいのだ。

 

もちろん俺も。

 

「馬鹿は死ななきゃ直らないっていうが、天然は死んでも直らないらしいな」

「そうだなぁ、綾の天然は普通じゃないからな」

「そうねぇ、あの子の天然はとんでもないものね」

 

みんな笑っていた。

綾の顔を見た俺達から昨日の絶望は消えていた。

 

綾が―――そうしてくれた。

神か悪魔かは知らないが、こんな奇跡に感謝したい気持だった。

 

 

 

「どうも始めまして、佐藤先生がなんだかアメリカ軍から依頼を受けたっていうので長期休暇を取ってしまいました。

そのため私が変わりの担任になります。

私の名前は瑠滋野 風恵流《るしのふえる》と言います。

みなさん、よろしくお願いします!」

 

クラスは静寂に包まれていた。

 

佐藤先生が依頼を受けたと言うのも驚いたが寧ろそれよりも――――。

 

「みなさん?どうしました?お返事はしっかりしましょう!」

 

目の前に居る代理の担任の姿だった。

どう見ても―――十二、三歳である。

下手したら小学生にみまちがえるほどだ。

 

「せ、先生。質問があります」

「はい?なんでしょう?」

 

果敢にも皆が思っている質問に挑んだのは今井だ。

さすがにクラス委員長として、不安だったのだろう。

 

「その、先生の年はいくつなんですか?」

「えっと、確か神と同じだから………五万六千二百三十六歳です!」

 

元気よく瑠滋野先生はそう答える。

 

「………………」

 

無論教室がそれに対して沈黙を返したのは言うまでも無い。

あれはギャグなのか………?

 

「あれ?みなさんどうしました?」

 

静寂の呪文を唱えた本人は何にもわかっていないらしい。

 

「元気が無いですよ!みなさん!今日は先生と同じで新しくみなさんの仲間になる人がいます。

神………じゃなくて神野君!入ってきなさい」

 

バン!と教室の前のドアが開けられる。

 

「ルシファ!寒いのだからとっとと教室に入れんか!」

 

…………今日二人目の変人登場である。

 

「しょうがないでしょ………。私も自己紹介してたんだから。ほら、神野君も自己紹介して」

 

神野とか言う男が俺たちの方を向く。

 

「我の名前は神野様居《かみのさまい》だ!よろしく頼まれろ!」

 

丁寧なのか失礼なのかわからない自己紹介が終わる。

 

「それじゃ神野君は空いてる席に座ってください」

「うむ、了解したぞ」

 

又もや変な風に偉そうな態度で席に座る神野。

 

「それじゃあ授業を始めましょう!みんな教科書の――」

 

そこで瑠滋野先生の言葉は止まった。

何事かと思ってみんなが見つめている中、

 

「先生、教科書忘れてしまいました………誰かみせてください………」

 

ドガァとみんなの頭が机に叩きつけられ音が綺麗に響いた………。