3、「暢気に世界は回ってる」
それは四時間目の授業が終わり、昼休みに入った直後のことであった。
「おい、起きろ」
四時間目の古典は睡眠時間にしていた俺に誰かが話し掛けてきている。
うぬぅ、古典の先生のチョップを食らっても寝ていた俺を起こすのはどこのどいつだ?
「おまえ、瀬川琢己だな?」
そう言ってきた奴は今日朝に紹介された転校生、神野だった。
「そうだけど………なにか用?」
「そうだ。話がある。屋上まで来い。先に行く、とっとと来い」
なんだが第一印象と全く同じな偉そうな態度で勝手に命令した神野はそのまま教室を
出て行った。おそらく、言葉どおりに先に屋上まで行ったのだろう。
「なんなんだ?あいつは?」
さっぱりわけがわからない奴だ。
あれが俗に言うキ○ガイ?(健全な全国のみなさまのために伏字にしました)
黄色い救急車でも呼んでやろうかねぇ………。
本当は俺は優しいのだ、でも眠かったから物騒なことを思っただけなのだ。
(注:優しい人間は物騒なこと言いません)
「おーい、琢己。飯食おうぜ?」
新谷が重箱を持ってやってきた。
これがスタンダードな弁当だと言うのだから笑えない。
最初見たときは驚いたがもうこんなものは普通だ。
なぜなら新谷の所属する野球部ではこれでも小食な部類だと言うのだから………。
以前、野球部が店を一件潰したと言う噂は誰もが本当だと信じている。
ドスン!と中身がいかにも詰まってそうな重箱を俺の机に置く。
「なんか転校生と話してたみたいだがなんかあったのか?」
話しながらもう重箱の蓋を開けている。
三段あるその重箱の一番上にはカツ丼が詰まっていた。
………どうやら重箱は全部どんぶりものらしい。
「屋上に来いだってさ。なんか話があるらしい」
「ふーん」
………もうカツ丼が半分以上消えている。
なるほど、こういうのが胃袋がブラックホールと言うのだな。
「そういうわけで先に飯食っててくれ」
「了解、早く来ないと食い終わっちまうぞ」
もう、カツ丼じゃなくて二段目のうな重にとりかかってる………。
俺は絶対に一緒には飯が食えないと確信した。
「あら、珍しいわね。一人で食べてるなんて」
一人寂しく大食いをしている新谷の前に今井が椅子を引いて座った。
「琢己はなんか転校生に呼び出されてな」
ガツガツと新谷が今食べているのは三段目の牛丼だ。
隣には綺麗に中身の無くなったカツ丼とうな重が転がっていた。
「………相変わらず食べるわね」
呆れた様子で今井は新谷を見た。
「腹が減っては戦が出来ないからな。十分に食べておく必要があるんだよ」
「あなたは食べ過ぎだと思うわ」
今井も琢己の机に弁当箱を置いた。
こちらはこじんまりとした大きさである。
「瀬川君、転向生と知り合いなのかしら?」
「は?何だってそんなこと思うんだ?」
重箱を制圧した新谷がペットボトルのお茶を飲む。
ちなみに二リットルの、だ。
「だって………転向初日に呼び出されるって変だと思うんだけど」
「まぁ、確かになぁ」
新谷は重箱を重ねてしまいながら答える。
「もしかして標的にされたとか?」
「標的ぃ?」
今井がボソッとした声で呟いた。
「標的って虐めとかのか?」
「そう」
真面目な表情で答えた今井に対して
「あははははは、そりゃいいわ」
大笑いで返すに新谷。
マジで笑ってるらしく中々その笑いが止まりそうに無い。
むすっとした顔で
「そんなに笑うこと無いじゃない。それに瀬川君ってボケッとしてるからそうなってもおかしくないと思うわ」
「標的にしたほうは災難だわ」
「え?」
「琢己はなぁ………」
そこで新谷は一呼吸おく。
「キレたらとんでもないぞ?昔、夏目をいじめていた奴が居てな。そいつに琢己はキレたんだ。どうなったと思う?」
うーん、と唸る今井。
「解らないわ。怒った瀬川君って想像できないもの」
「次の日に学校の屋上からロープでぐるぐる巻きにされて吊るされてたよ、裸でな」
「……………」
その一言に今井は絶句する。
「ほ、本当なのそれ?」
「ああ、結局琢己がやったかどうかは闇の中だが………俺は間違いなくあいつが犯人と思ってる」
「あ、呆れた。そんなことする人なの?瀬川君って?」
新谷は方を竦める。そして少し笑って
「あいつは夏目のことになるとすごいからなぁ」
「ほんとすごいわねぇ………」
あれだけ食べたのにいそいそとパンを取り出す新谷につっこむことも忘れて
今井は呆れながら卵焼きを口に運んだ。
ところ変わってここは瀬川家。
お留守番の綾がお茶を飲みながらテレビを見てボーとしている。
………主婦みたいだな、おい。
「ま、まだ琢己ちゃんとは結婚してませんよぉ」
真っ赤になって反応する綾。
というか作者の呟きに反応しちゃだめでしょ。
「だってぇ、暇なんだもん………」
テレビも見飽きたらしい綾はお茶のおかわりを入れに台所に戻る。
「ねぇ、玉ちゃんもそうおもうよね?」
ふわふわ浮いているビーチボールくらいの大きさの浮遊物体に話し掛ける。
しかし返事があるわけでもなくふわふわ浮いているだけである。
「琢己ちゃん、お弁当食べてるかなぁ?」
そんなことを言ったとき、綾は視界の片隅にお弁当箱を見つけた。
「あう、琢己ちゃんお弁当忘れちゃったんだ………」
その弁当箱を持ってしばらくそれを見つめていた綾は唐突に顔を上げた。
…………その目がキラキラ光っている。
なんだかまずいことを居思いついたらしい
「琢己ちゃんに届けてあーげよ」
あはっと言ってダッシュで準備をした綾はそのまま玄関を出る。
「玉ちゃん、学校にレッツゴーだよっ♪」
………琢己達の忠告などすっかり無視している綾であった。