5、「ベイビー・ベイビー・ベイビー」
「生まれちゃったね………」
「そうだな……………」
琢己達の様子を少し離れた場所から見ていた瑠滋野と神野の会話である。
「どうしようね………」
「どうしような………」
いがいに冷静、というか呆然としている二人。
「…………………」
「え?原因はなんだろうって?それは勿論、私達の主の力がぶつかったためでしょうね。
莫大な力を吸収して聖魔の卵が生まれてしまったのでしょう」
神野たちの少し後ろにいたミカエルとベルゼバブは淡々と状況を語る。
「………………」
「はい、そうですね。責任は神とルシファ―様にあるでしょうね」
「「ううっ………」」
痛いところを突かれて呆然としていた二人がうめき声を上げる。
「うう、私のせいじゃないよ!!神が力の加減をしないから!!」
「貴様!俺のせいにするのか!!元々あれは貴様の管理するべきものだったのだろうが!!」
「それを不公平だって両方の監視下に置こうっていったのはそっちでしょう!!
そのお陰で卵が行方不明になっちゃったんでしょう!!!!」
「知るか!そんなんこと!貴様が悪いのだ!!」
「なんでそうなるのよぉ!!」
二入はにらみ合い今にも殴り合いの喧嘩に突入しそうだ。
「……………」
喧嘩を始める二人を見ながらミカエルがポツリと漏らした。
「ふふっ………たしかに子供の喧嘩ですね」
微笑するベルゼバブ。そのときにはすでに神野と瑠滋野は取っ組み合いの喧嘩になっていた。
「まぁんまぁ、ぱぁーぱぁ」
甘える声を上げる小さな赤ちゃん。
「あうぅ、可愛いです」
小さな瞳が愛らしげに琢己達を見つめている。
「くっぅ、これは綾の涙目攻撃に匹敵する威力かもしれん……」
人間の根底にある母性や父性を狙い撃ちにする攻撃に琢己と綾はもう撃沈寸前だ。
ふわふわと浮く卵の殻に座っている赤ちゃんは不意に羽を動かし始める。
パタパタとこれまた可愛い音がしてふわりと赤ちゃんが浮いた。
「あっ,危ないよぉ!」
生まれたばかりの赤ちゃんは安定しない飛び方をしてゆらりゆらりとその体がゆれる。
野生動物が生まれてから初めて立ち上がるときに見せる危なっかしさをそのままにしたような光景だ。
見ている琢己達は気が気ではない。
「まぁんまぁ」
ふわりふわりと浮かび、綾の胸にトンと赤ちゃんは着地した。慌てて綾はその体を抱く。
小さくて温かいその感触についに綾が撃沈した。
「ママだよぉ」
ノリノリで赤ちゃんを抱きしめる綾。
「ま、待ちなさい。そんなこと言っちゃ駄目でしょう」
「あっうぅ。だって可愛すぎるんだもん………。それにこの子のそう言ってるし………」
「まぁんまぁ」
赤ちゃんは安心しきった顔で綾の胸の中にいる。
その表情は正に親に抱かれえれる子の表情だ。
「ほら、琢己ちゃんも抱いてみて。ほんとに可愛いから」
綾は静かに優しく赤ちゃんを琢己に手渡す。琢己も慎重に受け取る。
「あぶぅ………」
赤ちゃんは琢己の腕に抱かれるとにっこり笑って、
「ぱぁーぱぁ」
と呼んだ。
「う、よしよし。いい子だね」
琢己もそのエンジェルスマイルには敵わなかった。すぐさま撃沈してしまう。
「こ、これはもう卑怯なほど可愛いぞ………」
腕の中で琢己の胸に顔を押し付けている赤ちゃん。
琢己が言った通り、もはや犯罪的な可愛さだ。
「あう、玉ちゃんがこんなに可愛いかったなんて解らなかったです」
それはそうだ。卵に入っていたのだから。
だが琢己はそのことにツッコミを入れなかった。
「そうだ………。あんまり可愛いんで忘れていたがこの子は卵から生まれたんだった」
恐ろしきはこの赤ん坊である。達人級ツッコミを持つ琢己にそのことを忘れさせてしまうのだから。
「あぅ、ひどいよ琢己ちゃん!卵から生まれたからって私達の赤ちゃんって事には変わりないのに!」
もう綾のなかではこの赤ちゃんは琢己と綾の子供と決定事項らしい。
赤ん坊の可愛さは綾の天然ボケを増強までしている。
「う、そうだったな。………って違うだろう!」
危うく琢己まで容認してしまうほどの綾は真剣だった。
天然ボケフル回転!今の綾は当社比2.,5割増ほど増量中だ!
これでお値段据え置きだ!
「うーん、どうなってんだか………んん?」
頭の上に?を浮かべている琢己の眼に少し遠くで口論している人物が見えた。
「………なにしてんだ?」
「えっと……なんだか………生まれたとかなんとか………あれどうするのよとか………知るかとか言ってるよ」
天然ボケでも五感は鋭いらしい。綾は小さくしか聞こえない神野と瑠滋野の声を聞き分けていた。
「……………あいつらが何か知ってそうだな」
「あぶぅ」
琢己の呟きに赤ちゃんが肯定するように答えた。
「聖魔が生まれちゃったら世界滅んじゃうかもしれないんだよ!
その前に止めるのが神を受け継いだあなたの責任でしょう!!」
瑠滋野が鋭い右フックを繰り出す。それが神野のこめかみにヒットする。
「ぐはぁ!それを言ったならばルシファー!貴様が卵をしっかり管理する責任があるのろうが!
それが割れてしまったのは貴様の管理不届きではないか!!」
こめかみに瑠滋野の拳を受けながらも、神野はそれを無視して思いっきり瑠滋野の足を踏みつける。
そしてその足を踏み込みにして勢いのあるストレートを放つ。
足を踏みつけられると相手は後方に攻撃の威力を殺せなくなり、もろにその一撃を喰らうことになる。
これはボクシングなどでは反則を取られる技で、かなりえげつないテクニックといえるだろう。
「なんでそうなるのよ!!昔からなんでも私に責任を押し付けないでよ!!」
足を踏みつけられた痛みに顔を歪ませながらも、瑠滋野は踏まれた足を軸足にして鞭の様にしなるハイキックで神野のあごを砕こうとする。
身長差があるが、やわらかい体をしているのだろう。易々と凶器と化した足が牙をむく。
互いの必殺の威力を持った攻撃が交差しようとした瞬間、
「あぶぅぅ?」
「何喧嘩してんだ?あんた達は………」
直ぐ傍まで来ていた琢己と赤ちゃんが口を開いた。
「うぉ!?貴様ら!?いつの間に!?」
「ああー!!聖魔だぁ!?」
大げさに驚く神野と瑠滋野。そして
ドガァウ!!
互いにだした攻撃がクリーンヒットする。琢己達に気をとられて互いに防御を忘れたらしい。
ふたりとも綺麗にのびてしまった。
「ばぶぅ?」
赤ちゃんは目の前に馬鹿が何やっているのかとでもいいたそうに首をかしげている。
まぁ、大人だろうがなんだろうが目の前で喧嘩していたやつが互いにのびてしまえば
「なにやってるんだ………本当に」
と琢己の様に首を傾げるどころか頭を抱えるだろう。
そんなことはお構いなしに神野と瑠滋野は気絶している。
「ど、どういうことなんでしょうか?」
流石に綾も混乱している。日本刀みたいな鋭い天然ボケもこんな状況では発揮できないらしくオロオロとするばかりである。
「やれやれ………ルシファー様にも困ったものですね」
「……………………」
「そうですね、二人が起きるまでお茶にでもしましょうか」
神野と瑠滋野の喧嘩を傍観していたミカエルとベルゼバブだったが決着を見届けると
せっせと屋上の床に畳を敷き始めた。
「いったいどこに畳なんぞあったんだ………?」
「まぁそんなこと気にせずに琢己さんでしたか?あなた達もお茶をどうぞ」
「……………」
ミカエルがもうすでに畳の上にすわり、布団までしいている。
ずりずりと神野と瑠滋野を引きずり、底に寝かせる。
「………どこに布団が?」
眉を寄せながら畳八畳分がしかれた床に琢己達はすわる。
いそいそとミカエルが神野や瑠滋野に絞ったタオルなどを額に乗せているのを横目に
ベルゼバブはこれまたいつのまにか出したちゃぶ台にお茶を載せている。
「粗茶ですがどうぞ……」
「あ、どうも。頂きます」
「お茶菓子も食べてくださいね」
にっこりと笑って羊羹を進めるベルゼバブ。
琢己を綾は少々戸惑いながらもズズーと緑茶を飲み、羊羹を頬張る。
「あう、このお茶おいしいです」
「確かに…………お茶もいいけど入れ方も完璧だ」
「ふふ、ありがとうございます。あ、その羊羹がミカエルの手作りなんですよ」
ベルゼバブは視線をミカエルに向ける。つられて琢己も視線を向ける。
「………………ポッ」
ミカエルは琢己と視線があると顔を赤くしてうつむいてしまう。
「あはは、彼女は恥かしがり屋なので」
それを聞いたミカエルはますます顔を赤くして俯く。
「あぶぅ、あーあー」
琢己が視線をそらしていたらその腕の中の赤ちゃんが暴れだした。
どうやら湯のみが気になっているらしい。
「こぉら、これは熱いからだめだよぉ」
琢己はそっと湯飲みをちゃぶ台の上に置く。
「あぁぁうぅぅ、あぶぅ。うぐっ、えっぐ」
だがそれがいけなかったのか赤ちゃんは湯飲みに向かって手を伸ばしながら泣き出しそうになる。
「ひっく、あぶぅ、ふぇぇぇぇぇん!」
ついに泣き出してしまう。
「ああ、ごめんなぁ。よしよしいい子だから泣き止んでぇ」
琢己は必死にあやすが赤ちゃんも一度泣き出したら止まらない。
「うう、赤ちゃんが泣いたときってどうすればいいんだっけ」
琢己は一応、姉の子供の面倒を見た経験はあるが、流石に泣いたりしたときには姉に任せていたのでこういうときの対処法をしらなかった。
「…………………」
「え、あ、はい。解りました」
琢己の隣で同じようにオロオロしていた綾にミカエルが何かを手渡した。
「琢己ちゃん、赤ちゃん渡して」
今だに泣き続ける赤ちゃんを受けとった綾は優しく抱きながらその口元に哺乳瓶を近づける。
「ほら、君の御飯でちゅよぉ」
「えっぐ、えっぐ。………あぶぅ?」
赤ちゃんはエグエグと泣いていたのをやめて
目の前にある哺乳瓶を不思議そうに見つめる。
「あぶぅ?」
これまた不思議そうに自らを抱いている綾を見る。
「はい、どぉーぞ」
綾は優しく赤ちゃん答えてあげる。
「あぶぅ………」
その顔に安堵したのか赤ちゃんは目の前の哺乳口を見つめた後、口に含んだ。
「あう、可愛いです……」
「本当だな………」
元気よくミルクを飲む赤ちゃんを見ながら琢己と綾が微笑む。
その時、嬉しそうな二人を見たミカエルに穏やかな笑みが浮かんだのだった。