KANON二次小説

      『想いに捧げる鎮魂歌』

 

 

 雪が降っている。

 白く耀くその結晶は青く茂るその草原に降り積もっていく。

 微かに化粧したかのようなその緑は例えようもなく美しく見える。

 だけどそれは―――朝になれば儚く溶けてしまう。

 夜の闇だけが雪を守るようかのように辺りを埋め尽くしている。

 今宵は月も星も出ないようだ。

 

「静かな………夜だ」

 

 その草原には都会の騒音も違う世界のもののように聞こえる。

 ものみの丘には草原と雪と闇と―――独りの天使。

 

「このように総てが闇に包まれて………静かに止まればよいのにな」

 

 空の闇をその天使が見つめる。その瞳はまるで幼げな子供。

 叱られることに怯え、いまにも泣き出しそうな………そんな瞳。

淡く澄んでいるその青い瞳は何を見ているのだろう?

穏やかな夜には似合わぬほど傷ついた顔をしている天使。

辺りの静寂にはその天使の声にならない叫びが聞こえるかのようであった。

だけどそれは誰にも聞こえない。

誰にも天使の苦悩は伝わることは無い。

草原に風が吹いた。

白い粉雪が舞った。

天使はその光景がまるで死んだ者の魂が天に上るようだと思った。

粉雪はまだ舞っている。

天使の目には涙が先ほどから止まることなく溢れ出ていた。

 

 

 

穏やかな寝顔だった。

祐一が舞との共闘を終えて帰ってきた時、最初に見たものはそれだった。

名雪の部屋の前に置かれていた食器が台所のシンクにあることに気が付いた祐一が名雪の部屋のドアを開けた時、二人は穏やかな寝顔で眠っていた。

名雪が詠んでやったのだろうか、

ベッドに凭れ掛かっている二人の横には漫画が積んであった

 

「名雪、真琴」

 

静かに呟いた。二人のそばに近づいてそっとその頬を手で触る。

左手は名雪の頬に、右手は真琴の頬に。

そこから伝わる温もりがどうしようもなく温かかった。

 

「んっ……」

「はぅ……」

 

寒い外を歩いてきたその手の冷たさのせいであろう。二人はうっすらと目を開けた。

 

「悪い、起こしちまったみたいだな」

 

慌ててその手を頬から離した祐一は照れくさそうにそっぽを向けてそう言った。

 

「ん、平気だよ」

 

まだ眠たげな目を名雪は擦って答えた。

 

「お帰り、祐一。遅かったね」

「あ、ああ………。ちょっとな」

 

エアコンの温かさが体を暖める。そして名雪の温かさが祐一の心を溶かしていく。

 

「あう………お帰り」

 

熱は少し下がったはずだが少々火照った表情で真琴も名雪に続いて祐一に出迎えの言葉をかけた。そして祐一の手をギュッと握った。

 

「どうした?真琴?」

 

真琴はその問いには答えずにそのまま祐一の手を頬に当てた。

 

「祐一の手………冷たくて気持いい」

 

ほお擦りしながら真琴は安心しきった顔を祐一に向ける。

 

「あ、私もしていいかな?」

 

祐一の答えを待たずに名雪も真琴のようにほお擦りする。

 

「なぁ、流石に恥ずかしいからやめちゃだめか?」

 

祐一の顔が真っ赤なのは暖房のせいではないだろう。

本当に照れくさそうで―――嬉しそうだった。

 

「だめだよぉ」

「やだ………」

 

そんな返事をする名雪たちに穏やかに祐一は微笑んだ。

もう大丈夫だと祐一は思った。

まだ危うい状況ではあるが―――まだ絶望するにはまだ早いとこの頬の温もりが伝えていた。

 

 

 

寒気がするほどのその無表情な感情。

赤い月。どうして満月は赤く耀くのかな。

いつもは眩しくらいの月の光は、今日の満月ではおぼろげで、とても妖しい感じがする。

私はふらふらと祐一と名雪の横をすり抜けて窓に立つ。

二人はすっかり寝ている。

べったりくっついて寝ているのがちょっと気に入らなくて二人の間を空けた。

冷たい部屋を歩きながらカーテンを開ける。

空には真っ赤に耀く月があった。

ズキッと胸に痛みが走った。

 

「痛い………。なんだろう………痛い」

 

笑顔も無く、涙も無い、無表情の月が私のことを見下ろしている。

ドアを開けてベランダに出てみる。

 外は真っ白に耀いて、真っ赤な光を映し返していて。

そんな光景を見ていたら不意に視界が揺らぐ。

 

「あれ………なんで真琴………」

 

相変わらず胸の傷は痛い。だけどこれはそのせいじゃない。

 

「なんで真琴………泣いてるの?」

 

とめどなく涙は溢れて、止まらない。

この涙は怖い。

なんだか私の―――沢渡真琴の総てを流してしまいそうで。

ポタポタとまだ止まる様子の無い涙は雪に吸い込まれてしまう。

 

「あう……、やだ。やだよぉ」

 

それがまるで思い出も一緒に消えていってしまうように見えて

必死に私は雪を掬って、どうしようもできずに座り込んだ。

聖なる月夜、邪まなる月夜、今夜の月光に照らされて

私は霧散してしまいそう。

どんどん消えていく私は、それでも祐一と一緒に居たくて

ふらふらと雪を踏みしめて祐一のところに急いだ。

まだ止まらない涙を拭う事も忘れて、私は祐一のもとに急いだ。

 

「祐一………」

 

寝ている祐一の胸に涙を擦り付けるように顔をうずめる。

そのまま―――私の意識は眠りにおちた。

 

「祐一………ちゃんと起こしてね」

 

祐一に読んでもらった本に書いてあった話を思い出す。

眠り姫は王子のキスで目を覚ます。

私は眠り姫で。

祐一は王子様。

そうなることを祈って

私は暗い闇に落ちていった。

 

 

 

「真琴はまだ寝てるのか?」

「うん、寝かせてあげようよ。まだ少し熱もあるみたいだしね」

 

昨夜はあのまま三人して名雪の部屋で眠ってしまった。

一旦、自分の部屋に戻って着替えを済ませてきたあと台所に行くと

朝食を準備していた名雪はいたが真琴の姿は見えなかった。

 

「そうだな。でも一人で大丈夫か?」

 

名雪は今日、学校に行くみたいだ。久しぶりに見る制服姿だった。

 

「うーん、今日は土曜日だし早めに帰ってくれば大丈夫だと思うけどけど………」

 

そう答えて名雪はチンッと鳴ったとト―スターからパンを取り出す。

もちろん、そのパンの横には秋子さんのジャムが並んでいる。

 

「名雪………」

 

急に不安に駆られて名雪に訊いてしまう。

 

「その、お前は大丈夫なのか?」

 

名雪は俺の言葉にちょっと目を伏せたがそれも少しのことで

すぐに顔を上げると笑顔で

 

「うん、まだ本調子じゃないけどね」

 

と言った。

まだその表情には無理が見え隠れしてはいる。

でも―――笑えるようになった名雪はもういつもの名雪だった。

 

「そうか、ありがとうな名雪」

 

静かにコーヒーを啜りながらそう名雪に言ってやる。

 

「え、あ、どうしたの祐一?あの子の熱が移ったの?」

 

かなり失礼な名雪の言葉だったが、その質問には答えずにパンをかじる。

 

「お前の笑顔を見てると、安心する」

 

みるみる名雪の顔に朱がさしていく。

とうとうイチゴジャムみたいに真っ赤になってしまった。

 

「祐一、からかわないでよ………」

 

そう言って台所の方にパタパタとスリッパの音を立てて逃げていってしまう。

そんな姿を見ながら俺は久しぶりの日常に身を浸していた。

 

 

 

「名雪………?」

 

 

 何時もの、日常の名雪との登校の最中である。

 

「あ、香里。おはよう」

 

 香里は名雪にそう声かけられてもまだ呆然としていた。

 そしてガバッ!と名雪に抱きついてくる。

 まるで二人は十年来の友人のようだ。

 

「い、痛いよ。香里」

 

 その意外な抱擁に驚きながら嬉しそうな声を名雪は上げる。

 ともあれ、名雪が元に戻ったのは祐一も嬉しかった。

 この壊れかけた現実に微かに修正されたこの事実は希望というものになるには十分だった。

 

「そろそろ行かないと遅刻するぜ、おふたりさん」

 

 十分に綺麗なその光景を堪能したあとにゆっくりと祐一は言葉を吐いた。

 

「そうね、名雪がもとに戻ってくれたのはいいけど遅刻癖までもどっても困るわね」

「うう、香里それは酷いと思うよ………」

 

 肩を落とす名雪だったがまだ香里は追い討ちをかける。

 

「だって本当のことでしょう?」

「そうだな、たしかに香里の言うとおりだな」

「もしかして二人していじめてる……?」

 

 じっと上目遣いに見つめてくる名雪。

 香里は少し早く駆け出して

 

「あたりまえでしょう?私にこれだけ心配かけたんだからもっといじめてあげるからね」 

 

 と言って俺達の先に行ってしまった。

 

「ああ、待ってよ香里」

 

 名雪も必死に香里に追いつこうとする。

 

「やれやれ、香里も素直じゃないのはどうにかならないのかねぇ」

 

 俺はボソッと呟いた。

 名雪には見えただろうか?

 あの香里の、気丈な香里の目からこぼれた真珠のような水の粒を。

 たった数滴の―――何よりも尊いただの水の雫を。

 香里にとっての名雪の価値を表すにはそれで十分だった。

 

「さて、俺も急がないと遅刻するな」

 

 雪を踏みしめて先行く少女達の後を追いかける。

 だが、それをやめてふと後ろの雪をみた。

 なんともその雪は美しく見えた。 

 涙を吸い込んだ雪は流した者の想いを映すかのようだ。

 そこで祐一は思った。

 名雪のために流した涙を尊く思える俺も名雪のことが大切なんだろうかと―――と。

そう思って顔が赤くなるのを感じた。

 

「名雪に見られなくてよかった………」

 

 あの少女は鈍感だからなんで赤くなってるのかを訊きまくるだろう・

 そして俺はそれに対してまた顔を赤くするのだ。

 だけど―――。

 

「まぁ、そんなのもいいかもしんないな」

 

 この呟きも雪に吸い込まれた。

 そして雪はさらに美しく耀いたように見えた。

 

  

 

 無感情な涙がまた私の頬を伝っていく。

 

「あう、なんで止まらないんだろう………」

 

 拭っても拭ってもそれは溢れ出てきてまるで止まる気配などない。

 ふらふらと立ち上がる。

 この気だるく私の心を削っていく涙を止めたくて部屋から出る。

 廊下は泣きたくなるほど寒かった。

いや泣いてはいるのだがこの涙は悲しみも喜びもないように感じる。

 ただ無感情に、非道なくらいの速さで私の『何か』を奪っていく。

 

「祐一、祐一どこ………」

 

 私は精一杯の声で呼びかけるが私の声は届かない。

 私の耳に彼の声は届かない。

 私の手は彼に触れることができない。

 私の心を………彼は知ることはない。

 

「あううぅ…………祐一―――!」

 

 どんなに泣き叫んでも彼は来ない。

 

「やだよ………。もう置いてきぼりは………やだ」

 

 刺すような寒さと敵意のような静寂に私は怯えて、

 でも―――彼を失いたくないから私は踏み出す。

 玄関まで歩いていって、その外の白さにまた恐怖を覚えた。

 何もかも真っ白にするこの雪はまるで私から『何か』を奪う涙の用に思えて。

でも私は踏み出すしかない。

もう………失うのはいやだから。

 

 

 

空が感動を覚えるほど青くても私の心には何も響かなかった。

 

「なんで私はまたここに来るのでしょうね」

 

私はどこまでも続きそうな草原にいた。

そこは悲しき狐たちが住む丘。

幾千の狐が人にあこがれてそこから旅立っていった場所。

そして、死んだ場所。

 

「美緒、あなたは幸せだったの?」

 

悲しく、その名を呼ぶ。

無と消えていってしまった愛しい狐の名前を。

生まれ出でなかった妹の名を持つ狐の名を。

妹になってくれた………あの子の名を。

 

 

 

幼い日のこと、黒い服をわけもわからず着せられた日のこと。

 

「お母さんね、赤ちゃんと一緒に遠くに行っちゃったの」

 

黒い煙がただ黙々と立ち昇っていった日のこと、みんな泣いていた日のこと。

 

「美汐を残してね、いっちゃったの」

 

母が家から消えたその日のこと、帰る家に迎えてくれる人のいなくなった日のこと。

ひざの上にいる小さな子狐に話し掛ける。

寒寒とした家に絶えられなくてふらりと出かけた日のこと、そして―――。

その狐とであった草原を見つけた日のこと。

子狐の頭を撫でながらまた言葉を紡ぐ。

母の顔を見た最後の時の話を淡々と語る。

 

「天国っていう遠いところにいっちゃったの」

 

美汐はそのころ7歳であったが聡明な子供であった。

その年にて漠然とだが死と言う意味にも理解があった。

だから母親が死んでしまった時も嘘と言うオブラートに包まれた真実に

気づいており、悲しみはしたが―――混乱はしなかった。

だが嘘など甘さしかないものに包まれるような真実などにはろくな物はない。

それは劇薬であることが多い。

いや、まだ劇薬ならましである。

それは時として猛毒とも成りえる。

人すら殺す、絶望と言う名の―――猛毒。

そして美汐は―――嘘など見破れるほど賢かった。

ある意味、賢さとは残酷なものである。

気づかなくてもいいことにまで気づいてしまう

見なくてもいいものが見えてしまう。

聞かなくてもいいことを聞いてしまう。

それは決して幸福とはいえない。

 

「お母さんのおなかに中にはね、私の妹がいたんだよ」

 

   美汐の母はその身に美汐の妹を宿しながら死んでしまった。

   事故だった。

   運悪く飲酒運転の信号無視の暴走車にその二つの命はあっけなく奪われた。

   無情にもその小さな命は生まれ出でることのないまま、ひき殺されたのである

大切なはずの命はいとも簡単に死に絶えた。

いまでも―――。

あの母の―――。

大きな膨れたお腹が忘れられない。

母に触らせてもらった、膨れたお腹の感触が忘れられなかった。

 

「ほら、美汐。耳を当ててみなさい」

 

本当に嬉しそうに美汐の母は娘の頭を抱きながらそう言った。

 

「う、うん」

 

多少戸惑いながら美汐はゆっくりとその体内の音を聞くために耳を当てる。

ドンッと胎児がお腹をける。

 

「うわ、動いた!?」

「ふふ、元気でしょう?」

「う、うん!すっごく元気だよ!」

 

その不思議さに興奮しながら母に答える。

その小さな命の営みに美汐は感動していた。

 

「この子が美汐の妹になるの、美汐はお姉さんになるのよ。

いいお姉さんにならないとだめよ、美汐」

「うん!美汐頑張るよ!」

「ほらお姉さんですよ」

 

美汐の頭を撫でながらお腹にあてる。

どきどきしながら美汐は再度その生命の不思議さに耳をあてる。

 

「ねぇ!お母さん!この子の名前はきまっているの!?」

「ん、そうね。美汐はなんていう名前がいいと思う?」

「あのね!美汐ね、美緒がいい!」

「あらあら、なんでその名前なの?」

 

そう母親に問い掛けられて美汐ははにかみながら、

 

「あのね、あのね。

美汐のとね、お母さんの璃緒とね、美汐の名前あわせたんだよ!」

 

嬉しそうに笑顔を見せながらお腹に耳をあてる。

 

「そう、いい名前ね」

 

母親は二人の娘に微笑んだ。

そして、その三日後に一人の娘と旅立ってしまう。

小さな妹を、生まれなかった命をつれて。

 

「美緒」

 

生まれてくることのなかった私の妹。

この世の楽しみも苦しみも美しさも悲しさも素晴らしさも。

すべてを知らずに死んだ。

そこには何があるのだろう。

こんな素晴らしい世界に生まれることができなかった悲しさか?

こんなくだらない世界に生まれることがなかった喜びか?

美汐は偽善者ではなかった。

少なくとも人生がとてつもなく素晴らしい、生きていること自体が良い事だ、

そんな奇麗事は嫌いであった。

だが。

こんな世の中でも。

たとえ生きることが辛く、自ら死ぬことになっても。

その選択肢すらないことは。

なんだか―――とても虚しいことではないのだろうか?

なんだか―――とても悲しげなことではないのだろうか?

そう美汐には思えてならない。

切実に、そう思う。

 

「美緒………」

 

もう一度その名を呼ぶ。

 

「あなたにこの名前、あげるよ」

 

コンと、子狐がひと鳴きする。

 

「いいの、もういらない名前だもん」

 

その言葉を聞いても子狐は美汐を見つめてくる。

子狐の瞳を見ながら美汐はこう言った。

 

「じゃあ………」

 

一旦区切った言葉を精一杯力を込めて言い切ろうとする。

 

「あなたが美汐の妹になる?」

 

自然に口から紡ぎだされた言葉だった。

コン、と短く子狐は鳴いた。

まるで解ったというばかりに鳴いた。

 

「ふふ、じゃあよろしくね、美緒。」

 

美汐は静かに子狐の頭を撫でていた。

 

    

    

 

「悲しき獣、ものみの丘の犠牲者

我の罪により生み出された絶望―――か」

 

ものみの丘は涼しげに風が舞っていた。

さらさらと―――なんとも悲しげに。

 

「命よりも切実に望むものは何なのだろうな?

思い出か?希望か?魂の満足か?

なににしろ、そんなものは妄想にしか過ぎないのだからな。

結局、虚しいことには変わりはないな………」

 

佇む少女の隣でアウエルはそう呟いた。

罪を告げる裁判官のように。

ただ違っていたのはそれが己の罪を語っているということだ。

幾万もの魂を無に帰したアウエルの罪を

 

「虚しいというならば微かな望みすら叶えることのできない我の存在など

 虚しい物の最たるものかもしれんな」

 

 自分の存在を否定するアウエルの言葉は絶望に染まっていて、

 希望など見当たらなかった。

 

 

    再会は、七年の歳月を要した。

    現在から二ヶ月前のことだった。

 

「美汐お姉ちゃん」

「あ、あなたは………?」 

 

その子は家の前で体育座りをしていた。

    小さな体を丸めて、コンクリートの上に座っていた。

 

   「美緒なの………?」

   「うん、戻って来たよ」

 

    美汐はそっと歩みを進めて、小さな妹を抱きしめて

 

   「おかえりなさい………私の妹………」

   「ただいま………私のお姉ちゃん」

 

    あの時の小さな狐だとすぐにわかった。

私の前から消えてしまった小さな狐の妹だと。

    嬉しかった。

    目の前から消えてしまった妹が帰ってきてくれたのが。

    止まることなく、私の涙は溢れていた。

    小さな妹の胸の中で私は泣いた。

    

 

 

「結構………買い物したね。」

「最近暇がなかったもんなぁ」

 

スーパーの買い物袋をぶら下げて二人は雪の道を歩く。

 

「ごめんね、今まで」

 

さすがに以前よりは明るくなったとはいえ、まだその表情は暗かった。

 

「いや、べつにいいぜ。お前が元気になってくれたからな」

 

祐一は照れたように空を見上げながら呟いた。

実際、いとこのことを一番心配して―――――行動したのは祐一であった。

無論、一番喜んでいるのも。

 

「あ、う………」

 

さすがの名雪も顔を赤めていた。

それは雪とのコントラストで、さらに目立っていた。

そのまま二人とも無言で歩いていく。

ザクッ、ザクッ妙に雪を踏みしめる音のみ響いていたりする。

そして先に口をひらいたのは祐一であった。

 

「ま、まぁなんだ。早く帰って―――――飯にしようぜ?」

「う、うん。頑張って作るよ。

あ、ちゃんと祐一も手伝ってね」

     「おう、わかってるって。」

     「ふぁいとだよ。」

     「ふぁいとだな………」

 

      『頑張れない』

 

     そう、いっていたのは名雪だった。

     その名雪は今頑張ろうといっている。

     本当にささやかな、ささやか過ぎるような変化。 

だがそれのもつ意味を知るものは―――――祐一のみであった。

その変化がどれだけ重要な意味を持つかをしるのも。  

     

 

 

意識は朦朧として。

自らが何故、この草原にいて。

そして泣いているのかが解らなかった。

とめどなく、その涙は溢れ出して。

その頬には幾筋もの無色な感情が流れている。

そこには悲しさすらない。

まったくの………無感情の涙。

悲しいのか?嬉しいのか?

歓喜に震える純白の涙ではなく、

絶望に震える漆黒の涙ではなく、

無感情に流れるその無色。

真琴はその涙の意味すらもわからずにただ呆然と立ち尽くしていた。

そしてそれは―――――。

 

真琴の終わりを意味する。

 

     

     

     楽しかった。

     小さな思い出、とても大切な宝物。

     美緒と作ったクッキー、ちょっと焼きすぎて焦げてしまった。

     買い物に行ったデパート、青いワンピースがとても似合っていた。

     学校の帰り、一緒に食べたケーキ。

     一緒に眠った夜、他愛も無い話が凄く面白かった。

     共に起きる朝、寝ぼけた彼女の髪を梳かしてあげる。

     楽しかった日々、そして―――もう終わってしまった日々。

     別れの日、一緒の布団で寝てあげた。

     小さな体がまるで燃えるように熱かった。

     彼女は私の冷たい手が気持いいと笑っていた。

     そんな彼女の笑顔を見て、とても泣きたくなったことを覚えてる。

     私の胸の中にある小さな華、もうそれは枯れそうで。

     私の目から出てくる水がその顔にかかると健気に笑ってくれる華。

     彼女も、命を奪う涙を流していました。

でも笑ってくれていました。

拭っても拭っても溢れ出る涙を私も涙を流しながら必死に拭いました。

美緒がもういいよと言うまで拭っていました。

彼女は私の胸の中で顔を埋めて、静かに眠り始めました。

私もこの胸の温もりを奪う何かを恐れながらも

ぎゅっと話さぬように抱きしめて、眠りに落ちました。

     朝―――私が起きたとき、彼女の姿は無かったです。

     私はいつも通りに学校に行きました。

     一つの涙も流さないで。

     そのときには日常が私を拘束していたから。

     だけど私は。

     家に帰って、誰も居ない玄関を開けた時

     初めて声を上げて泣き叫びました。

     美緒はまた私の前から唐突に消えたのでした。

     

     

     

     「名雪!真琴は!?」

     「まだ帰ってきてないよ!!」

「くそっ!!」

 

何度目かの水瀬家への電話も無駄であった。

 

「どこにいっちまったんだ、真琴のやつ」

 

     名雪との買い物のあと、帰宅した祐一たちを出迎えたのは静寂だった。

     「あれ?あの子は寝ているのかな?」

     「ちょっと様子を見てくる」

 

     二階に上がった祐一は真琴の部屋を見て愕然とする。

 

     「真琴?」

 

      暗闇の中に真琴はその姿を見せていなかった。

      真琴が寝ていたはずの布団には温もりはなく、冷たい感触しか祐一に与えてくれなかった。

漂う静寂に祐一は部屋を飛び出していた。

      それが一時間前のことである。

      雪が降っていた。

      状況から見るに真琴は厚着をしていない。

      これだけの雪が降る中での薄着は凍死をしてもおかしくは無い。

      まだ真琴が正常な思考を保っていたのならば祐一もここまで

      怯えることも無かっただろう。

      だが真琴の今の状態を考えると………。

 

      「祐一、あの子ね………。

私が泣き出したときに慰めてくれたんだ。

ただそっと、撫でてくれたんだ」

「名雪………」

「私ね、

まだそのときのお礼いってないから、このままお別れなんていやだよ……」

「ああ、そんなことさせない。絶対に見つけ出す!」   

  

祐一は駅前の公衆電話から飛び出す。

 

      『あなただけはゆるさない。』

 

       出会いは唐突だった。

       その少女の眼光はまさに鋭く、明白な敵意が感じられた。

      しかし、深夜の悪戯。

      そのたびにあいつはその瞳をやわらげていった気がする。

      そしていつしかいるのがあたりまえの存在となった。

      それは―――――その相手が大切な何よりの証。

      周りのみなが祐一を拒絶しているなかで、

      たとえ高熱の為でも祐一を頼ってくれていた真琴の存在は大きかった。

      祐一は気づいていなかった。

      真琴がどれだけ自分の支えになってくれていたのかを。

      いまさらながらに気づいたのだ。

      だが祐一はこうも知っていた。

      それに気づくのは終わりを迎えてからだと。

      手後れになってから――――初めて気づくものなのだと。

      そう―――――――七年前のあの日に痛感した。

 

「手後れになんてしねぇ!!絶対させねぇ!」

 

      雪はその祐一の絶叫をただ優しく吸い込むのみであった。

        

      

      

     舞台は整った。

     ものみの丘に主役達が続々と集まってくる。

     その舞台の観客は一人の天使。

     さぁ始まる、妖弧の終末が。

     風という楽器は悲しき鎮魂歌を奏でていく。

     真琴、美汐、アウエル、そして美緒。

     誰がためにこの草原に歌は響くのか?

     それはまだ誰も知らない―――。

 

 

 

    「あなたは………」

 

     驚愕の表情で美汐は真琴を見つめている。

     真琴はその涙に濡れた顔を振り向かせた。

     そしてさらに美汐は絶句する。

 

    「美緒………?」

 

     そこにいる少女は美汐にとっての深き傷跡とあまりにも似ていた。

     まるであの妹がそのまま成長したようだった。

 

    「あなたは、美緒なの?」

 

     真琴は答えない。

     ただその涙に濡れる双眸で見つめ返してくるだけだ。

 

    「―――あう」

 

     その呟きは何を意味したのだろうか? 

     そのまま真琴は草の上に体を落とす。

 

    「美緒!!」

 

     とっさにそう叫び真琴を美汐は受け止める。

     膝枕をするような形になってからやっとその涙の意味に気づく。

 

    「忘却の涙………。」

 

     唖然として美汐はその涙を必死にふき取る、

     しかし涙は止まることなく、どんどんと垂れ流されていく。

     美汐にはまるでそれが真っ赤な鮮血のように思えてならなかった。

またもやこのプロセスを何もできないまま見続けて、結果を見るのだろうか?

変えることのできないこの悲劇を。

 

「またなの…………?

またあなたはその涙を流して私の前から消えていくの?

美緒ッ!!」

 

もはや慟哭のようにその声を必死に絞り出していく。

そこに。

 

「真琴!!」

 

必死にその少女の名を呼ぶ少年が現れた。

 

「真琴………?」

 

その真琴という名の少女を美汐は見つめた。

 

 

 

「真琴!!」

 

なぜ祐一にはここにきたのか解らなかった。

ただ、何故か呼ばれているような気がしてならなかったからかもしれない。

そしてそれを裏付けるかのようにそこに真琴はいた。

見知らぬ少女とともに。

 

「あんたは・・・?」

 

見知らぬ少女に祐一は問い掛ける。

そしてその腕に抱かれている真琴に目を向ける。

 

「真琴!!」

 

 膝枕をしている少女の前に座り、やさしくその髪を撫でてやる。

 

「祐一………?」

 

 涙で滲んだ瞳を祐一に向けている。

 その瞳には、もはや生気は無かったが―――――。

 

「あなたはこの子の知り合いですか?」

 

 少女に問いかけられ祐一はいぶかしげな表情をする。

どこかさめていて、そして目に例えようの無い悲しみを秘めた目を。

 

「おまえは?」

「私は天野美汐と言います。

あなたは?」

「俺は相沢祐一。こいつの同居人だ。

おまえはなにしてるんだ?」

 

突然いなくなった真琴、

そして真琴とともにいた少女。

 

    「お前が真琴を連れ出したのか?」

 

     睨みつけるように祐一は言い放った。

 

    「私はここにいたら、この子が泣いていました」

 

     その言葉に祐一は押し黙る。

     少女の押し秘めた悲しみに。

 

    「この子の涙は忘却の涙と言います」

 

     静かに美汐は真琴の涙をふいてやる。

 

    「なんだ………それは?」

    「結論から言うならば、この子は人間では有りません。

狐。いえ、妖弧なのです。」

    「………」

 

     祐一の沈黙は理解できない沈黙ではない。  

     理解できるからこその沈黙。

 

    「心当たりはありませんか?

おそらく…………私と同じく幼いころに。」

 

祐一は瞬時に一人、いや一匹の狐のことを思い出す。

 

「まさか………」

 

 祐一は信じられなかった。  

 だが事実として感じている。

 

「待ってくれ。さっき、あんた私もって言ったな?」

「はい。私のもとにも来てれました」

 

ゴクッ、と祐一は唾を飲み込んだ。

こんなにも自分自身に響いてくるものなのだと実感しながら。

 

「その狐は、どうなったんだ?」

 

ジッと祐一を見つめていた目を伏せ

 

「このように泣きながら……………消えました。」

「―――――――――!!」

 

     祐一は自覚せずに美汐の肩をつかんでいた、

     かなりの力が込められているのだろう。

     美汐の顔はゆがんでいる。

     だがそれにも気づかずに祐一は掴んだままだった。

 

    「嘘だろ?」

 

     滑稽な話だと笑ってしまうのは簡単なはずだった。

     だが、心の奥底で自分は肯定する自分がいた。

     嘘と笑えぬことを知る自分が。

 

    「どうにかならないのか?」

 

     祐一もうつむいて必死の思いで呟く――――が。

 

    「なりません………」

 

     否定の言葉は美汐にもこたえた。

     それは自らを切り裂く刃だった。

     いつまでも泣き続ける真琴の両脇で。

     二人は何も話すことができなくなった――――――。

 

 

      

    アウエルはただジッとその光景を見つめるだけであった。

    (忘却の涙………)

    それは全ての記憶が涙の形となって流れてしまうことを意味する。

そして――――記憶で魂を支えている狐達の死を。

(幾度、幾度見てもあの涙は見慣れんな)

命を捨て、魂を捨てて、それまでして得た記憶すら。

 

   「ああやって、流れ出てしまう」

 

    そしてその狐は消える。

    なにも残さずにひっそりと。

 

   「なんの意味があるというのだ!?」

 

    アウエルは自らの翼でその身を包む。

 

   「命と魂を代償にしてまで得た記憶!

それなのに流れ出てしまい残るのは無のみだぞ!?

そんなものに何の意味があるというのだ!?

果てに待っているのは一切の無だと言うのに………」

 

    寒さに震えるが如く自らをきつく抱きしめる、

    だから翼で覆い隠したその目には小さな、ほんの小さな光が見えなかった。

    それは真琴たちの前に立ち、姿を変えた。

    幼き少女の姿に。

    それはあまりにも真琴に似ていた―――――。

    

    

    

   「ま、真琴?いや、真琴はここにいる?」

 

    その少女は幼かった。

    だがその姿は幼いころの真琴を想像させるガほどに真琴に酷似していた。

 

   「み、美緒!?」

 

   祐一は美汐の呟きに反応してそちらを向いた。

   美汐は顔を蒼白にそめていた。

   そしてその瞳は涙が流れていた。

 

  「な、なんで…………。

ほ、本当に美緒なの?」

 

   縋りつくような表情で美汐は少女を見つめる。

   もし真琴がひざの上にいなかったら

すぐにでもその少女を抱きしめているくらいに。

少女は笑った―――――。

 

「お姉ちゃん」

 

と。

 

「どうして、どうしてここにいるの?  

あなたは、あなたは…………」

 

自らの傷を抉る苦痛に耐えてその言葉を発する。

 

「消えたのに………」

 

    祐一はこの事態に混乱しながらも希望を見ていた。

   消えたはずの妖弧の少女がここにいるのだから。

 

  「戻ってこれたの?」

 

   その疑問に少女―――美緒は悲しげに笑みを見せた。

 

  「ちょっとだけ、ちょっとのあいだだけ。

私は二人のお姉ちゃんを助けたかったから………」

「ふ、た、り?」

 

そろって祐一と美汐が疑問の声を上げる。

ここには自分と天野、そして真琴しかいない。

だとすれば――――。

 

「ま、真琴とおまえは姉妹なのか?」

 

 少女は真琴にそっと近寄る。

 

「うん、私のお姉ちゃんだよ」

 

少女の記憶に昔の狐のころが思い起こされた。

 

「『行く』の?」

「うん………、『行く』よ」

「そう………」

「お姉ちゃんは私のこと馬鹿って言わないんだね………」

「私も、私もしばらくしたら、『行く』と思うから」

「そっか」

「元気でね。」

「うん………」

 

それが最後の別れだと思ってた。

でも………。

 

「また会えたね、お姉ちゃん。」

 

そして泣きながら頭を撫でて最後を看取ってくれたもう一人の姉にも―――。

 

「美緒………」

 

真琴をそっと地面に降ろして美汐は美緒に駆け寄っていく。

そして抱きしめようとして

 

「え!?」

 

まるで陳腐な三流小説のようだった。

美汐の体は美緒に触れることができなかった。

 

「私の体は、もうないから。

触れることはできないんだ」

「そんな、美緒………」

 

数秒間立ち尽くして、美汐は泣き崩れた。

そっとその肩に美緒が触れる。

いや触れているようにみえるだけだ。

 

「泣かないで、お姉ちゃん」

 

伏せていた瞳を美汐は上げる。

それを美緒は優しく見つめる。

その姿は天使を思い起こさせた。

 

「私はね、本当は消えちゃはずだったんだ。

でもね………私の中に消えることの無い思いがあったの。

それはね」

 

――――――お姉ちゃんが大好きだって思い。

 

「美緒…………」

 

必死に、必死に泣くまいとしながら自らの名をあげた妹を見つめる。

 

「でも私はもう消えちゃうから。

もう体が無いから。

この思いもそれだけになっちゃうの。

でもそんなのやだから―――」

 

ジッと美緒は真琴を見る。

 

「お姉ちゃんにあげる事にしたの。

この消えることの無い思いがあればお姉ちゃんは助かるから」

「美緒、あなたはそれでいいの?

本当にいいの?」

「お姉ちゃん。

私はお姉ちゃん達が好きだから。

この思いもお姉ちゃん達の助けになってほしいの………」

「美緒……………」

 

最後のほうは泣き声で聞こえなくなっていた。

それをただ優しく美緒は見つめていた。

 

 

小さな奇跡の力を感じてアウエルはその翼を解いた。

そこには一人の幼き少女の魂が今にも消えそうな少女の前に立っていた。

 

「あ、あの者は?」

 

そこにいたのは確かに無に帰した妖弧の少女。

だが確かにそこにはいるのだ。

 

「な、何故だ?あの少女の魂は消え去ったはずなのに!?

なぜ!?」

 

 そしてアウエルには見えた。

その少女が自分の魂を取り出すのを。

それは。

 

「なんと言う、強き思い………」

 

それが少女の魂の代わりを果たしていたらしい。

そしてその思いを目の前の少女に与えた。

少女の頬を濡らしていた涙は――――止まった。

忘却は今終わったのだ。

 

「…………」

 

アウエルは愕然として

 

「ふ、ふははは…………あははは!!」

 

笑った。泣きながら笑った。

 

「そうか、意味が無くなどないのか。

自身が無に帰そうとも…………。

全ての記憶がなくなっても………。

それでも残る物が、残せるものが!!

あるのだな………」

 

アウエルは笑った。

己が苦しみ。それが自分が無知の証と知った笑い。

それは自嘲の涙であり、ふっきれた笑いだった。

 

 

 

 

「美緒」

 

もう祐一は何度聞くか解らないその名を聞く。

天野の呟きはどんどんと切なくなっていく。

 

「もうそろそろ、おわかれだね」

「みお………」

 

悲しい別れの後の再会は格別の歓喜に彩られるだろう。

そしてその後の別れはその倍に値する絶望で占められる。

祐一は、

天野に自分を。

美緒にあゆをかさねていた。

 

「ばいばい………お姉ちゃん。

…………だよっ。」

 

 最後の言葉は祐一には聞こえなかった。

だが聞くことがなくとも解っている。

美緒は自分の最後に

 

『だいすきだよっ』

 

と言ったのだ。

 

 

 

「俺は、俺は自分の最後に……………」

 

言葉は終わってしまった。

 

「………………」

 

草原に眠る眠り姫のような真琴に視線を落とす。

そして……………。

 

『お前達みたいに自分の死ぬ間際に誰かを愛していると言えるかな…………。

どう思う、真琴?』

 

心の中でそう呟いた。

 

 

 

小さな想いが私に何かをくれたのが解った。

なんだか目の前に溢れてて良く見えない。

だけど声は聞こえた。      

                      

「お姉ちゃん」

 

 なんだかとても懐かしい声だった。

 ぽろぽろと目の前の何かがたくさんまた出てきた

 

 

朝日が昇り、暗闇は草原の上から逃げていった。

そこには金色の光が滑っていく。

なにも会話の無いままずっと佇んでいたふたり。

美汐は真琴の頭をなで、祐一はそれをみつめるだけだった。

それを破ったのは美汐だった

 

「この子…………」

「ん?」

 

じっと真琴を見つめながら美汐は言う。

 

「真琴のことを、私に任せてもらえませんか?」

 

 祐一はさして驚かずに美汐の瞳を見た。

その瞳はたしかにあの時見た美緒の聖母の瞳と同じだった。

 

「いいのか?」

「ええ、美緒にとっての姉なら。

私にとっても姉妹ですから………」

「そうか………」

 

また沈黙が続く。

二人はこの丘に住む狐達に思いをはせた。

この草原のような―――――

どこまでも続く――――――

その優しさに―――――――

 

 

  

  朝日は皆を公平に照らしていく。

  消え去りし者、消えなかったもの。

  悲しみに暮れる者、悲しみから救われたもの。

  そして――――。

  己が罪を克服したもの。

 

 「……………」

 

 アウエルもまた祐一達を見続けていた。

 そして一言呟いた。

 

 「ありがとう」

 

 と。

 それは誰に対してのものだったのか――――――。

 あとに残るのは舞い落ちる羽のみ…………

 

 

 

 

          想いに捧げる鎮魂歌  終

 

       次回 断ち切られる輪舞曲  に続く